かつて、風の音を頼りに旅をしていた、ひとりの僧がいた。人が忘れた声を聴きたくて、人が見失ったものに触れたくて、彼はただ、歩いていた。
ある日、夕暮れの光の中で、水面に映る自分の顔を見た。
揺れる髪。たなびく髭。
そのとき、ふと、胸に浮かんだ。
――わたしの中には、空と大地が宿っているのかもしれない。
髪は、空へと伸びていく。どんなに地を這うように生きていても、髪は静かに、空を目指す。
それは希望。まだ見ぬ未来に向かう、命の芽吹き。
髭は、大地へと垂れていく。沈黙の中で語られる、歳月の重み。言葉にできない経験のすべてが、髭の一本一本に、刻まれてゆく。
旅僧は気づく。
髪と髭のあいだ――そこに、今の自分がいると。
未来でもない、過去でもない。ただ、「いま、ここ」にいる命。
それは、誰の中にも流れているもの。老いた人にも、幼き子にも、女性にも、男性にも、傷ついた心にも、輝くまなざしにも。
だが、いまの時代はどうだろう。
誰もが未来を焦り、過去に囚われ、空を忘れ、地を離れてしまっている。
髪は乱れ、髭はむしられ、心は風にさらされている。
だからこそ思う。
髪を結うように、自分の希望をもう一度、結びなおしてほしい。
髭を撫でるように、自分の痛みや、誰かの静かな叫びに、そっと触れてほしい。
空に向かって風を受け、地に触れて水を感じる。
その両方が揃ったとき、人は「いま」に立つことができる。
今日、ほんの少しだけ、風を感じてみてください。あなたの髪が揺れていたら、それはまだ、希望があるということ。
今日、そっと手を添えてみてください。あなたの頬にぬくもりがあれば、それはまだ、命が灯っているということ。
髪と髭のあいだにあるもの――それは、あなた自身という宇宙です。
今日も、生きてくれて、ありがとう。こうして耳を澄ましてくれて、ありがとう。
Hoo〜〜 Waa。
